『自然はニンゲンの都合を知らない』
東京では相変わらず夏の太陽が元気いっぱいです。
昭和の頃は「お盆を過ぎれば少し涼しくなる」なんて言ったものですが、今では9月も夏の延長戦。
昔はエアコンのない家も珍しくなかったのですから、もし昭和の人々が今の東京にタイムスリップしてきたら、文明の進歩より先にこの暑さにビックリするかもしれません(笑)。
さて、夏になると毎年のように耳にするのが、川での事故です。
楽しいはずの家族旅行やキャンプが、一瞬にして悲しい出来事に変わってしまうニュースを見るたびに胸が痛みます。
川というのは、見た目には実に穏やかです。
水はきれい、木陰は涼しい、海のような大波もない。
ところが、その静かな顔の下には目には見えない流れがあります。
浅いと思って一歩進んだら、突然深くなることもあります。
さらに恐ろしいのが「鉄砲水」。
自分がいる場所では青空が見えていても、上流で大雨が降れば突然水かさが増すことがあります。
ニンゲンから見れば「突然」ですが、川からすれば突然でも何でもありません。
上流に降った水が、ただ下流へ流れてきただけのこと。
考えてみれば自然とは昔からそういうものです。
台風も地震も大雨も、ニンゲンを困らせようとして起きているわけではありません。
自然はニンゲンの事情などまったく気にしていないのです。
「せっかくの休みだから」
「ここまで来たのだから」
「去年も大丈夫だったから」
そんなニンゲンの都合は川には通用しません。
これは人生も同じかもしれません。
仕事でも、お金でも、人間関係でも「今まで大丈夫だったから、今回も大丈夫」と考えてしまうのがニンゲンという生き物です。
しかも困ったことに、年齢と経験を重ねるほど「自分は分かっている」という妙な自信まで身についてしまいます(笑)。
自然の前では、知識も経験もほどほどに。
「怖がりすぎかな?」と思うくらいが丁度いいのかもしれません。
川の流れを止めることはできませんが、川から離れることはできます。
自然を征服したつもりになっているニンゲンも、結局は自然の中で生かされている小さな動物の一匹。
――それを忘れた時、自然は時々、恐ろしい方法で思い出させてくれるようです。


