『忘れることにも意味がある』
東京では、先日話題になっていたダブル台風も大きな影響はなく通り過ぎました。
ニュースでは何日も進路予想が流れ、「どうなることか」と心配していましたが、過ぎてしまえば、いつもの六月の空が戻ってきました。
もちろん被害が出なかったから言えることですが、「何も起きない一日」がいかにありがたいことか、こういう時にあらためて感じます。
ニュースでは何日も進路予想が流れ、「どうなることか」と心配していましたが、過ぎてしまえば、いつもの六月の空が戻ってきました。
もちろん被害が出なかったから言えることですが、「何も起きない一日」がいかにありがたいことか、こういう時にあらためて感じます。
さて、人は年齢を重ねると、「最近、物忘れが増えたなあ」と口にするようになります。
人の名前が出てこなかったり、何を取りに来たのか忘れたり。
少し前なら慌てていたことも、「まあ、そんな年頃かな」と笑って済ませるようになりました。(笑)
もっとも、不思議なこともあります。
昨日の夕飯は思い出せないのに、何十年も前に言われた嫌な一言だけは、なぜか鮮明に覚えているのです。
人間の記憶とは、なかなか気まぐれなものですね。
占いのご相談でも、「あの時こう言われたことが忘れられない」「何年たっても、あの出来事を引きずっています」というお話をよく伺います。
もちろん、忘れたくても忘れられない出来事はあります。
それだけ心が傷ついたということなのでしょう。
けれど、人間には「忘れる力」も与えられています。
もし悲しかったことも、悔しかったことも、腹が立ったことも、一つ残らず昨日のことのように覚えていたら、毎日がとても重たくなってしまいます。
忘れるというのは、決していい加減なことではありません。
心が前へ進むための、大切な働きなのかもしれません。
昔のことわざに「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とあります。
少し都合が良すぎる気もしますが、そのおかげで人は新しい一歩を踏み出せるのでしょう。
もちろん、忘れてはいけないこともあります。
人への感謝や、受けた恩、過去の経験から学んだこと。
そういうものまで忘れてしまっては困ります。
何を忘れ、何を覚えておくのか。
案外、それが人生の知恵なのかもしれません。
年齢とともに物忘れが増えるのは少し寂しいものですが、心まで重荷を抱え込まないための贈り物だと考えれば、少し気持ちも楽になるような気がします。
きらら(6/28)


