『正しさの値段』

『正しさの値段』

六月も後半に入りました。
梅雨の真っただ中のはずですが、最近は梅雨らしい雨の日が続いたかと思えば、真夏のような暑さの日もあり、空の機嫌がよく分かりません。
昔の人は天候を見ながら田植えや収穫の時期を決めていましたが、現代人は天気予報を見ても外れることがあるので、結局は空を見るしかないようです。(笑)
便利な時代になったのか、なっていないのか、時々分からなくなります。

さて、最近は何かと「正しさ」が話題になります。

テレビでも、インターネットでも、誰かが何かを発言すると、すぐに「それは正しい」「それは間違っている」という議論が始まります。
もちろん、間違ったことを正すのは大切です。
しかし、少し不思議に思うことがあります。
人は正しさを求めているはずなのに、その結果として怒ったり、疲れたり、人間関係が壊れたりすることがあるからです。

占いの相談でも、
「私の言っていることは間違っていませんよね」
という確認を求められることがあります。
お話を聞いていると、確かにその方の言い分は正しいのです。
相手のほうに問題がある場合も少なくありません。

けれど、人生にはもう一つの問題があります。
それは「正しいこと」と「幸せになること」が、必ずしも同じではないということです。

夫婦喧嘩でもそうです。
どちらが正しいかを決めることに成功しても、なぜか両方が不機嫌になって終わることがあります。

勝ったはずなのに、誰も幸せではない。
これはなかなか不思議な現象です。

昔から「負けるが勝ち」という言葉があります。
若い頃は意味がよく分かりませんでしたが、年齢を重ねると少し分かる気がします。
世の中には、勝たなくてよい勝負もあります。
証明しなくてよい正しさもあります。
そして、譲ったほうが得をする場面も意外と多いものです。

もちろん何でも我慢しろという話ではありません。
ただ、自分が守ろうとしているものが「正しさ」なのか、「幸せ」なのかを、ときどき考えてみるのも悪くないと思います。
正しさは大切です。
けれど、それを握りしめすぎると、案外重たくなってしまうこともあるのです。

きらら(6/21)

You May Have Missed