「老いらくの不倫」

Fotolia_82843503_Subscription_Monthly_M (1)ハローウイーンの夜、渋谷の街は身動きできないほどの大混雑でした。
スパイーダーマンに握手を求められたり、白雪姫と一緒の写真を撮られたり…。
いつもは5~6分なのに渋谷駅に辿りつくまで40分もかかりました。

本日、午後一番のお客様は、わたしと同年齢ぐらいの男性です。
紺の背広に白いボタンダウンのワイシャツ、ストライブのネクタイ。
絵に描いたようなアイビールックのジェントルマンです。

「予約はしていないのですが、よろしいですか?」

言葉遣いも紳士そのもの。

「はい、どうぞ。お入りください」

わたしも釣られて淑女風?に応答。

「雨で寒かったでしょう。さあさ、お座りください。今、珈琲を淹れますから、温まってください」

Bさん「1ヶ月ほど前に、ネットで『きらら館』を見つけ、早くお訪ねしたいと思い、何度かビルの下までは来たのですが、なかなかエレベーターのボタンを押す勇気がなくて…今日になってしまいました」

きらら「占いは初めてなんですか?」

Bさん「何十年か前に、街頭の易者さんに手相を見てもらったことはありますが、それ以来です」

きらら「どうか遠慮しないで、何でもご相談ください」

こう言っても、なかなか本題に入りません。
ここ数日の天候を皮切りに、昔の渋谷の話、部屋に飾ってある絵の話、果ては政治、経済の話題まで――なかなかの博識ぶりです。

きらら「珈琲はいかがですか?」

Bさん「珈琲は大好きです。お願いします」

珈琲を飲み、ひと息ついて、ようやくの本題。

Bさん「年甲斐もない相談でお恥ずかしい限りですが、ある御婦人(=A子)を好きになってしまって…」

この年代の方の場合、ご家族の健康のこととか、お孫さんに関する相談が多いのですが、
予想に反して「不倫」の相談でした。

Bさん「わたしには、40年連れ添った妻もいますし、孫もいます。定年後は、ある会社の顧問をしながら、お蔭さまで可もなく不可もない、穏やかな老後を送っています。
彼女は、わたしより5歳年下で、1年ほど前にある会合で知り合ったのですが、初対面でビビビ!という感じで(笑)ひと目で魅かれてしまいました。以後、毎月のようにお茶やお食事を共にし、何度か、温泉旅行にも行きましたが、会う度に彼女に対する思いは募るばかりで、この際思い切って妻とは離婚、余生を彼女と送りたいと、狂おしいほどに思うようになりました」

Bさんは、世の少なからぬ殿方と違って(?)真面目一本の人生を送って来た方なのでしょう。
“老いらくの恋”に夢中になって、些か自分を見失っているのかもしれません。

きらら「A子さんにご家庭は?」

Bさん「3年前にご主人を亡くし、現在は息子さん夫婦と一緒に住んでいます」

きらら「奥様は、Bさんの行動に気付いていらっしゃいますか?」

Bさん「何も言わないので、多分、気が付いていないと思います」

女性は男性と違って、相手の浮気には敏感です。
40年の歳月を共に過ごした奥様が気付いていないと思うのは、少し甘いような気がするのですが、それをBさんに言うのは酷すぎます。

Bさん夫婦とA子さんの生年月日をお伺いし、鑑定させて戴きました。

きらら「ズバリ言いますね。――Bさんと奥様の相性は、『偕老同穴』=仲睦まじく生涯を送り、同じお墓に入るという理想的な夫婦です。一方、A子さんとは、一時的には燃え上がりますが、永続きしない“打ち上げ花火”のような儚い相性です。『何と残酷なことを言うのか!』とお思いになるかもしれませんが、決してA子さんが、どうのこうのというわけではなく、ふたりの関係は間もなく、そうですね、長くてあと半年ぐらいで自然消滅的に終わると思います。結論として、離婚は反対です。無理に離婚して彼女と一緒になったとしても、いずれ捨てられるのはBさん、あなたです。奥様はとっても勘の良い方です。Bさんの“浮気”についても、とっくに気付いていらっしゃるはずです。それでも気付かないフリをして何も言わないのです。A子さんとの“恋”は良き思い出として心に仕舞って、共に白髪の生えるまで。これからは一種の“罪滅ぼし”のつもりで(笑)40年もの間、Bさんに尽くしてくれた奥様を大切にしてください」

意に反する鑑定だったのでしょう、Bさんの顔が途端に暗くなりました。

Bさん「そうですか!」

きらら「A子さんは、年齢の割に若く見えるし、色白で美人だと思いますが…」

Bさん「その通りです。占いでそんな事まで分かるのですか?」

きらら「とっても魅力的な方ですし、Bさんは、彼女といると歳の差を感じずにホッとできたはずです。しかし、それも束の間、いずれは儚い末路を辿ることになると思います」

Bさん「実は、先月、彼女に遠回しですが、『結婚して欲しい』と言ったのですが、YESともNOとも言わず、曖昧に笑っただけでした。あれは、ひょっとして、彼女も近い将来の別れを予感している笑いなのでしょうか?」

きらら「そうかも知れませんね。A子さんは賢いですから、あなたを傷つけないように、暗に『あなたには奥様がいらっしゃるでしょ!わたしはあなたの家庭を壊してまで幸せになりたいとは思いません』と言いたかったのではないでしょうか。――失礼ですが、年下でも彼女の方が、Bさんよりずっと現実的というか、大人だと思いますよ」

Bさん「何だか、わたしにとっては『鶴の恩返し』みたいな…」

きらら「但し、無理に別れようとする必要はありません。A子さんとは、自然に魅かれあったのですから、自然な形で別れる方がベストです」

Bさん「お医者さんから『余命何年』と宣告されたような変な気持ちです。でも、先生の言葉で、何だか吹っ切れたというか、胸のつかえが取れて、清々しい気持ちになれました。決心がついたら、もう一度、お邪魔したいと思います」

あれから1ヶ月、Bさんは、どんな結論を出したのでしょうか?
気になります。

きらら(11/9)