『足るを知る』

『足るを知る』

9月になりました。
暦の上では秋ですが、東京はまだまだ暑い。
昔なら「残暑」という言葉が似合ったのでしょうが、最近は残っているどころか、夏そのものが居座っているような気がします(笑)。

昭和の頃は、9月になると夏休みも終わり、夕方には少し涼しい風が吹いて、なんとなく季節が変わったことを感じたものです。
エアコンも今ほど普及していませんでした。

もちろん昔がすべて良かったとは思いません。
暑いものは暑かったでしょうし、不便なこともたくさんありました。
それでも、今ほどニンゲンが自然を自分たちの都合に合わせようとはしていなかったような気がします。

さて、昔の中国に老子という人がいました。
本当に一人の人物だったのかどうかについてはいろいろな説があるそうですが、今から二千年以上も前に書かれたとされる『老子』は、現在まで読み継がれています。
老子の思想で有名なのが、「無為自然」という考え方です。

文字だけ見ると、
「何もしないで自然に任せましょう」
という、ずいぶん呑気な話に聞こえます(笑)。
しかし、そういう意味ではありません。

ニンゲンが余計なことをして、何もかも自分の思い通りにしようとしない。
無理に逆らわず、大きな流れの中で生きる。
そんな考え方です。

もう一つ、老子には
「足るを知る」
という言葉があります。

自分に何が足りないのかばかり考えるのではなく、今、自分が持っているものを知る。
これも現代人には、なかなか難しい話です。

もっとお金が欲しい。
もっと良い家に住みたい。
もっと認められたい。
もっと若く見られたい。
もっと「いいね!」が欲しいwww

昔のニンゲンにも欲はあったでしょう。

しかし現代は、朝から晩まで「あなたにはこれが足りません」と教えてくれるものが、あまりにも多い。

テレビを見ても、スマホを見ても、広告を見ても、

もっと便利に。
もっと美しく。
もっと豊かに。
もっと成功しなさい。

と言われ続けます。

気がつけば、十分持っている人まで「自分には何かが足りない」と思っています。
不思議な時代です。

日本には昔から、老子とは別の流れではありますが、これとよく似た感覚があったように思います。
禅もそうでしょう。
茶の湯もそうでしょう。

小さな庭を眺める。
一輪の花を飾る。
虫の声を聞く。
季節の移ろいを楽しむ。

豪華であることより、余計なものを削ったところに美しさを見つける。
これは日本人が得意だった感覚ではないでしょうか。

ところが現代の日本は、ずいぶん忙しくなりました。

便利になったはずなのに忙しい。
昔なら手紙に三日かかった返事が、今ではLINEを送って三十分返事が来ないだけで、
「どうしたんだろう?」
となる(笑)。

新幹線は速くなり、インターネットは世界中につながり、買い物は家から一歩も出ずにできます。
これだけ時間を節約できるようになったのだから、さぞニンゲンは暇になっただろうと思ったら――
なぜか、みんな時間がないwww

便利になるほど、さらに何かをやろうとするからでしょう。

老子が現代の東京へ来たら、どう思うのでしょうか。

スマホを持って歩きながら仕事のメールを確認し、電車に乗ればSNSを見て、家へ帰ってからも動画を見ている私たちを眺めて、
「少し何もしない時間を作ったらどうだ」
と言うかもしれません。

もちろん二千年以上前の思想を、そのまま現代社会に当てはめることはできません。

文明のおかげで助かっている命もあります。

便利な生活を捨てて山の中へ帰れ、という話でもありません。

ただ、ときどき立ち止まって、「これは本当に必要なのだろうか?」と考えてみる。

もっと手に入れることではなく、もう十分持っているものに気づく。
人と争って上へ行くことだけではなく、ときには水のように低い方へ流れてみる。
そんな生き方もあっていいのではないでしょうか。

ニンゲンは進歩することが大好きです。
でも、どこまで進めば満足するのかは、誰も教えてくれません。

だからこそ二千年以上前の老人の言葉が、今でも残っているのでしょう。

――「足るを知る」。

もしかすると現代の日本に一番足りないものは、「もう、これで十分」と思える心なのかもしれません。

きらら(9/6)

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