「遺伝子のリレー」

春の嵐に桃の花も迷惑顔。

それでも健気に踏ん張るいじらしさに思わず「ガンバレ!」。

……春はもうすぐです。

「先生、どうすればいいですか?」

開店早々、Sさんが飛び込んで来ました。
いつもはおっとりした喋り方をするSさんなのに、今日は血相が変わっています。

「まあまあ、落ち着いて。…今、珈琲を淹れますからね」

珈琲を飲んで少しは落ち着いたようです。

「聞いてください。息子のHのことですが、合格した第一志望の高校に行くのは嫌だと言い出して…」

自分の事ならいざ知らず、子どものこととあれば、顔色が変わるのも母親なら無理もありません。

「H君、もう高校生なの?」

小学生の頃に、何度かSさんに連れられて来たことがあるH君の顔がおぼろげに浮かびます。

「親バカかもしれませんが、塾でも成績はずっとトップクラスで、希望通りのA高校に合格。エスカレーター式に大学まで進むことができるので、安心していたのですが、もうひとつ予備的に受けたB高校に行きたいと言い出して…」

「理由は何なのかしら?」

「息子は、『A高校では、普通に大学まで進むことはできるかもしれないが、僕が将来やりたいことを勉強するにはB高校がいい』の一点張りなんです」

「B高校には、特別な何かがあるの?」

「よく分からないのですが、コンピューターを教えてくれる特別授業がカリキュラムに組み込まれているらしいんです」

「ご主人は?」

「主人は無頓着で、『Hが行きたい高校に行けばいい』と相談相手になってくれません。わたしは、Hは、ひとり息子なので、いい大学を出て、安定した会社に就職して欲しいと願っていたのに、夜も眠れません」

もう涙目です。


H君の適性を鑑定します。

『組織より独立独歩型。職人気質の頑固な努力タイプ。独自の分野で地位を確立』

「わたしは、世の中の仕組みが大きく変わっている時代には、世間が言う、いい大学を出て、いい会社に就職すれば万事が安泰という考えより、特に『自分』を持っているH君の場合、夢を持って、自分のやりたいこと、好きなことに打ち込むことの方が、大きな成功を修めるような気がします」

Sさんにしてみれば、H君に翻意させるような言葉が欲しかったのでしょう、少し顔が曇りました。

「だって、それじゃあHの人生は不安定になるかも…」

「H君の人生はH君のもの。H君が切り拓くものです。今は大きな会社でも、いつどうなるか分からない産業革命が進行中の時代です。たとえ不安定でも、自分の好きなことに夢を持って取り組む方が、ずっと幸せだと思いますよ」

しばしの沈黙。

「そういえば、もう亡くなりましたが、わたしの父、Hの祖父がやはり職人気質で、小さな鉄工所を県内有数の金型会社に成長させたのですが、ひょっとすると、Hは父の遺伝子を受け継いでいるのかしら」

Sさんのお父さまも鑑定してみました。
なんとH君と相似形と言ってもいいほどそっくりです。

それを見たSさん。――「血は争えないのね。わたしの負けみたい…。帰って、もう一度だけ説得して、それでもダメならHのしたいようにさせます」

勝ち負けではなく、何があっても温かく見守ってあげるのが“製造責任者”の務め。H君のこと、きっとお祖父さま以上の傑物になって、Sさんに親孝行してくれるに違いありません。

きらら(3/12)