「叱り上手、叱り下手」

日本庭園 今日は、10年前に鬼籍に入られましたが、必ず月に1度、「今月の俺の運勢はどうかね?」と「きらら館」に足を運んでくれたSさんの思い出を書いてみます。

Sさんは、誰もが知っている超大企業の創業者です。そのSさんに初めてお会いしたのは、お亡くなりになる5年前。京都の生け花の先生の紹介でした。

ある時、Sさんから「長い間世話になったけど身体が弱ってしもうて、入院することになってなあ。もう東京に行けんから、すまんけど京都まで出張してくれんか」と電話があり、翌週、京都のご自宅に足を運びました。

どこかのお殿様の別邸だったお屋敷は、それはそれは立派なものでした。呆気に取られた私は、客間から見える庭園や池に放たれている番いの鶴(本物です)に唯々、目を丸くするばかり。正直、鑑定どころではありません(笑)。

Sさん「今日は遠い所まで足を運んでもろうてすまんなあ。そろそろお迎えが来そうなんで、ワシのことはもうエエから、今後は2ヶ月に1回、こっちへ来てもろうて会社のことや役員人事について色々と鑑定してもらいたいんや」

きらら「は、はい」

Sさん「まあ、今日は初めてや。そうコチコチにならんと、いつものようにザックバランに頼むわ(笑)。そうそう、これが役員候補のリストや。誰の運気が強いか、東京へ帰って鑑定して、結果を知らせてくれや」

これまでは「一代で大きな会社を興したおじいちゃん」という気安い認識で、あれこれ鑑定、物怖じしないはずの私なのに今日はどうも本来の調子が出ません。

Sさん「そうや、そうや。折角、来てもろうたんや、今日はウチのお手伝いさんの運勢を見てやってくれるか」

2人のお手伝いさんの鑑定を終えて、再び客間に戻りました。(大分、落ち着きを取り戻して来ました)ふと壁に目を遣ると『責人要含蓄』という言葉が額に入っています。

きらら「あの言葉はどういう意味ですか?」

Sさん「呂新吾が書いた『呻吟語』の中の言葉や。根幹は儒教だが、『相手を責めるのは控え目にした方がいい。直線的に責めたてるのはアカン。婉曲な言い方で、それとなく指摘した方がいい』という意味や」

きらら「なるほど。これが『上手な叱り方』というわけですね」

Sさん「ワシ自身短気やから、会社でも家庭でもガーッと言うてしまうから、それを戒めるために、あそこに架けてあるんや。まだまだ叱り上手の域には達しとらんがなあ(笑)。責められる立場の人間のことを考えて叱らんと、結局は自分の怒りをぶちまけるためだけの叱責になって、かえって逆効果になってしまうと呂先生は言うとるわけや」

きらら「血を分けた親子でも、やかましく叱られれば耐えられなくなることがあるのに、ましてや他人同士では尚更ですよね。私も気をつけなくちゃ(笑)」

祇園
Sさん「やっといつものきらら先生らしくなって来たな(笑)。――よっしゃ、これから祇園にでも案内しよか。お~い、近鉄タクシーを呼んでくれや」

アレレ? 鑑定に来たはずが、祇園にご招待してくれるんですって…。    (続く)

きらら(2/25)